朝から、2F研修室にこもりっきり。これまでに作成した展示説明資料などを、ひたすら「のりパネ」に貼る作業を行う。旧江川崎村の分がだいぶできあがった。
 午後からは、先日借用した旧十川村の資料の整理と説明資料の作成を行うことに。コピーや切り貼りなど10数枚の資料を作成する。「のりパネ」に貼るのは月曜日にしよう。着々と進んではいるが、しかし先はいまだ見えずってところかなあ・・・。第24回企画展も残すところあと一日だけ。この6月思っていた以上に、貝殻が積み重なっている。高知民報への連載も、少しは貢献しているのかな。最終日の明日、さてさて駆け込みで何人来てくださるかな。
 2F会議室では、大方短歌会の「月例歌会」である。いつのまにか、しとしと雨も落ち始めた。

 明日はお休みをもらって、ちくとお城下までお出かけ。カルポートで「県合唱祭」がある。合唱団「むぎ」も合唱曲「こきりこ」で出演予定。たっぷりと聴いて、歌って、合唱の一日になりそうだ。

 
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 4月23日、沖縄戦から72年目の「慰霊の日」である。いまだにたくさんの軍事基地を抱え、さらに「辺野古」への新たな建設も始まった。慰霊の言葉がむなしくひびく。抑止の名のもとに、その犠牲をいつまで背負わねばならないのか。
 私的なことで申し訳ないが、大阪に暮らす孫娘の5歳の誕生日でもあるのだが・・・。

 昨日は、十川まで出かけ「万山十川開拓団」の資料をたくさん借りることができた。文学館には展示しきれないので、2F通路に設置したピクチャーリ―ルにも、記録画十数点を掛けることにしよう。あとは、中脇さんと講談社からの資料が届くのを待っている。

 午後、社協の方と高知大Kさんが来館。あかつき館のボランティア活動について小一時間ばかり調査を受ける。社協のこれからの活動に生かしていただけるとありがたい。
 1階に降りていくと文芸誌を発行している「文海(ふみ)の会」のメンバー6名が来館し、ふれあいコーナーで歓談されている。文学館に来られたとのこと。観覧後、DVD「不屈のびったれ」を観ていただく。企画展「あやに愛しき」も、残すところあと三日。土、日には、もっともっと来ていただけるとうれしいのだが・・・。

 次回企画展のポスターを作製したが、いまひとつ気に入らない。少し時間をおいて、明日の心にしよう。
 朝一番、エントランス奥掲示コーナーのポスターの張り替えとチラシの入れ替え作業。
 その後、ひたすら企画展の準備に追われる。西土佐村満州開拓団の記録『さいはてのいばら道』から、必要な図や文章をコピーする。それから、ノリパネ用にA4、A3サイズに拡大する。昼までかかって半分ほどできあがる。

 午後、その続きの作業に。
 『銃声が聞こえる。遠くに人声もちらほら聞こえる。しばらく休んで後、父が野穂留のうしろに座って「南無阿弥陀仏」と両手を合わせて唱えた後、その手で首を絞めて、うしろに倒して寝させた。これを見た富士美は泣き出した。私も泣けてきた。続いて富士美。それを母はじっと見つめていた。母のうしろに寄った父は「苦労かけた。わしも遠からず行くかも知れんが、二人の子供を連れて行ってくれ。一足先に兄の許へ帰って知らせてくれ。先祖様にも詫びてくれ」と言った。「二人の子を連れて先に帰る・・・・・・」その後の言葉には記憶がない。母が息を引き取った時、上半身を抱きかかえたまま父は母の胸に顔をすりつけて泣いた。//土中に埋めてやることができず、辺りの木の枝をできるだけ多くもぎとり、三人の上に乗せて上から見えないように隠してやった。』
 敗戦の混乱の中、開拓団の仲間たちとの逃避行の末の惨事であった。
 展示のための資料探しにと読み始めた「さいはてのいばら道」、私の手も心もここで止まってしまった。この企画展で、何が伝えられるだろうか。私は、立ち止まったままでいる。

 休館日の明日は、四万十川中流域の十川まで車をとばす。13:30、万山開拓団の資料をお借りするために十和支所を訪ね、S課長さんやОさんにお会いすることになる。これで、北幡地域の資料はそろう。あとは、中脇さんと講談社からの便を待つのみ。
          先生、はよきて
                小才角小1年 新谷 るみ

        先生、
        あさがおのはなが やっとさいたよ。
        ピンクと 赤の 花が 二つさいたよ。
        わたしは、
        しゅくだいも 出さずに
        はしって かいだんのところへいったよ。

        あさがおは、はやおきだったよ。
        あくびも しないで
        げんき もりもりだったよ。
        先生、はようきて。
        あさがおが しぼんでしまうで。
              (「やまもも」第20集・1996年)

 休日だった昨日、日曜日にできなかった「児童詩コーナー」の作品の入れ替えを行なう。この作品も何回目かの登場である。このシーズンになると、つい紹介したくなる児童詩のひとつである。

 今日は、朝から作業。2F会議室の照明が3個も切れたので、М電工さんにお願いし換えてもらう。普通の天井高なら館内の三脚でも作業できるが、会議室はそれではあだたない。専門家に任せるしか手がないのだ。直してもらうと、いっぺんに会議室が明るくなった。近日中に、同じ業者さんに「町民ギャラリー」の照明をLEDと交換してもらうことに。特殊な形状の照明器具らしく、いくつか切れて往生していたのだが、やっと代わりのものが見つかったとのこと。これで、次のギャラリー展示に影響が出なくて済む。

 午後、企画展準備に追われのびのびになっていた劇団「the・創」さんへの原稿、やっと4枚書き上げ郵便局まで走る。チラシ作成に間に合うのかなあ・・・。申し訳なかったが、ひとまず郵送しほっと一息つく。
 特別企画展の準備が差し迫っている。22日の休館日には、北幡・十川まで車をとばし、万山開拓団の資料を借りてこよう
 昼前、昨日電話でお願いしていた新聞記事コピーが、さっそく高新Kさんより届く。展示の参考資料にできたらいいのだけれど・・・。着々と展示準備が進んでいるようだが、時間の方が何倍も速く流れていく。つい、あせってしまいそう。

 
 朝から、西土佐「権谷郷せせらぎ交流館」に出向く。次回企画展「世界の果てのこどもたち」~北幡・満州開拓団の記録~の旧江川崎村分の資料を借りるためである。館のSさんや元団員Tさんの助言を受けながら、写真、書類資料など二十数点をお借りする。さらに記念誌「さいはてのいばら道」の原稿や写真資料などもお借りする。展示の打ち合わせもしながら半日程おじゃまする。
 館に帰ってきたのは16:00前だった。

 あかつき館では、町民ギャラリーで開催中の「入野城跡発掘展」の関連企画として、午後レクチャーホールで「発掘調査報告会」が開かれていた。これも聴きたかったが、残念西土佐出張で涙をのむ。あとで聞くと成功だったとのこと、ひとまず安心。

 明日は、お休みの一日だが出勤して、企画展の展示準備に取りかかろう。日曜日の今日できなかった「児童詩コーナー」の詩の張り替えは、その時にしよう。